余白の作り方で圧倒的にじょうずなのが村上春樹です。

余白とは。
物語の中に、読者が自由に思い描く部分を作るという事。
入れ物である箱を用意して、その中に入れる思いは読み手にゆだねるのです。
あえて道筋をつけないことで物語に深みを与え、読む側に思考することの楽しみを促すと。

村上春樹の場合はそれの天才で、作家をも意図していない余白を作ってしまうのです。
作家の意図していない部分というのがこの作家の凄いところで、作品によってはその余白の幅があまりにも広すぎて、読者の手に届かないということが起きるのです。
よくできた余白というのは、読者の手に届く範囲でいくつかの余白の中身の選択肢を与えるという物だと考えます。
例えば、男女での考えの違い、年代での考えの違い、生き方での考えの違いであったり。
自分ならこういう風に思うだけどなという部分の提示。
それが、村上春樹の場合は謎のまた謎というか、取っ掛かりの部分も書いてないことがあります。
なぞ解きが好きな人は無理やり余白を埋めてしまうという事も有りかと思いますが、それは単に謎解きという言葉遊び的行為でしかありません。
読み手の心情に基づく解釈、もしくはそれ相応の納得感がなければ、独りよがりの世界に浸るという事になります。

文学いうものは、少なからず読む人の琴線に触れてるという事が基本に置かれるべきで、そういう部分が底の方で流れてないと文学的小説(?)としてはいかがなものかと思ってしまうのです。

著者

fujise shigeru

オートバイが好きで、たまに小説を読んでます。 気が向いたら写真なんかを撮り、健康のために走ったりもしてます。 そんな雑多な日々をブログにアップしてます。 気が向いたら書くという感じですが、共感していただければ幸いです。

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