村上春樹の初期の短編小説に「レーダーホーゼン」というのがあります。
これぞハルキスタイルの真骨頂ともいえるべき作品です。

ハルキスタイルとは?
解くことのできない問いを物語の中の最重要事項として投げかけるというものです。
その投げかけは、まさしく投げっぱなしです。
収まるところもなく,返ってくることもありません。
小説でも漫画でも、余白を作って読み手側に考えさせるという手法はありますが、ハルキはそれをきれいに作って見せる天才です。
村上春樹の解説本では様々ななぞ解きが出ています。
それだけ多くのなぞ解きができると言う事なのだと考えます。

「レーダーホーゼン」に戻ります。
レーダーホーゼンとは西洋の民族衣装のようなもので皮で作られた半ズボンのことです。
主人公の奥さんの女友達が、自分の母が父と離婚に至った原因はレーダーホーゼンなのよと話し始めるところから物語は始まります。
その女性が大学二年生のころの話なのですが、母はドイツに旅行に一人で行き、そこで夫からお土産として頼まれたレーダーホーゼンを探すのですが、そのレーダーホーゼンを眺めているうちに夫への憎悪がわいてきます。
そのまま、本当に離婚に至ります。
その女性から見ると、いろいろあったけど割と仲良くやってきた夫婦が突然そうなったわけで訳がわかりません。
しかも子供である自分までも捨てられるのです。
女性は母を憎みますが、三年後に母と再会して、別れる決意をしたきっかけはレーダーホーセンだと聞かされます。
母はレーダーホーゼンを眺めていると夫への憎悪が湧いてきたという話を娘であるその女性にするのですが、女性はその話に納得して母を許すことにします。
話を聞いている主人公は理解ができません。
なぜ、レーダーホーゼンなのか?
読んでいる読者もなぜなのだろうととても気になりますが、答えを導くものは何も物語には書いてありません。
ヒントさえも。
この部分がハルキスタイルの余白なのです。
話を聞かされたその女性には、理解ができたと言う事になっています。

私なりにその余白を考えてみました。
夫への憎悪は母の深層心理であり、そのトリガーとなったのはレーダーホーゼンと言う事です。
日々の夫との暮らしの中で自分でも意識できない部分で、実は夫に対する憎悪が蓄積されていったということ。
そのことは女性には理解できる話で、男性には理解ができないと言う事になっています。
男性側からすれば突然の離婚宣言で混乱してしまいます。
これは男性からするととても怖い話で、そのことはハルキ自身も感じているのかもしれないと考えました。
ものごとは勝手な思い込みの上で成り立っているのかもしれません。
何事も無く続いているように見えるだけで、実は境界線の上を綱渡りしていたりして。
男と女。ハルキの中では根本として違う生き物だという考えなのか。
女性同士でなければ通じない思いというのがあるのだと言う事。

村上春樹の問いの投げかけは、その投げた石があまりにも遠くに飛んで行ってしまい、その水面に落ちた音さえも聞こえてきません。
どこに飛んで行ったか、その方向さえ解からないのです。
もしかしたら、投げたふりしてその石はハルキの手のひらの中に残っているのかもしれません。

追記

なぜレーダーホーゼンなのか?

ラストの彼女の言葉、「重要なのはレーダーホーゼンなのよ。わかる?」

夫と同じ男性である主人公にも、なぜレーダーホーゼンなのかがわからなかったと言う事がこの話のミソだと思います。

この結末が物語っているのは女性同士にしか理解できないことがあるという事。
男性と女性は違う種類の生き物だという構図。

母親の深層にあった夫への憎悪を具現化して、ハッキリとした憎しみの表象に変えたのはレーダーホーゼンなのです。
つまり、レーダーホーゼンが身代わりとなってそのことに気づかせてくれたとも取れます。
そして、レーダーホーゼンは夫そのものを具象化した現物なのです。
夫=レーダーホーゼン

その身代わりとなったレーダーホーゼンを受け取りさえしなかったと主人公が思ったのは、夫は母親の気持ちや理由など全く理解することすらしなかったと言う事を示していると。

男と女の間でのやり取りは、互いの勝手な思い込みの上で危うく成り立っているのかもしれません。
離婚を突き付けられた夫は永遠にその理由は理解できないでしょう。

★「レーダーホーゼン」は朝日カルチャーセンター福岡で講座がありました。

著者

fujise shigeru

オートバイが好きで、たまに小説を読んでます。 気が向いたら写真なんかを撮り、健康のために走ったりもしてます。 そんな雑多な日々をブログにアップしてます。 気が向いたら書くという感じですが、共感していただければ幸いです。

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